今、世界的に盛り上がっているホラーの波は映画祭にも?ホラーが豊作だった第78回カンヌ国際映画祭を振り返る
今年は5月13日から24日にかけて仏カンヌで開催された「第78回カンヌ国際映画祭」。ミッドナイト・スクリーニング部門で上映された『8番出口』(8月29日公開)やコンペティション部門に出品された『ルノワール』(上映中)をはじめとする日本映画の話題や、イランのジャファール・パナヒ監督がパルム・ドールを獲得し世界の三大映画祭すべての最高賞を制覇したことなどが報じられたが、現地ではホラーを中心としたジャンル映画も盛り上がっていたという。映画評論家/映画監督の小林真里氏による、ホラー映画にクローズアップしたレポートをお届けしよう。
カンヌ国際映画祭2025でもホラーが躍動!
通算5回目の参加となった世界最高峰の映画祭、カンヌ国際映画祭。イランの『It Was Just an Accident(英題)』が最高賞のパルム・ドールを受賞し、ヨアキム・トリアー監督の感動作『Sentimental Value(英題)』がグランプリを受賞したが、今年のカンヌはホラー映画が豊作だった。
近年、A24やNEONのアート・ホラー(アリ・アスターやオズ・パーキンスらの監督作)の隆盛があり、昨年のカンヌで脚本賞を受賞し、今年のアカデミー賞で作品賞含む5部門にノミネートされたコラリー・ファルジャ監督のボディ・ホラー『サブスタンス』(公開中)も世界的にヒットし、ライアン・クーグラー監督の『罪人たち』(公開中)や「ファイナル・デスティネーション」シリーズ最新作、『Final Destination: Bloodlines(原題)』も北米を中心に大ヒットを記録。数々の海外映画祭で出会った世界各国のプロデューサーたちも口を開くたびに、一様に「ホラー」という言葉を口にするなど、映画界での地位も向上し、低予算で製作できて比較的リスクも低いホラーは、今世界的にメインストリームになっているので、この結果は驚くべきことではないのかもしれない。
コンペティション部門で注目を集めたのが、アリ・アスター監督、ホアキン・フェニックス主演の『Eddington(原題)』。パンデミック最中のニューメキシコ州の小さな町で、マスク着用を拒否する保安官が、ライバル視する町長に対抗すべく町長選挙に打って出る、というコンテンポラリー・ウェスタンでありポリティカル・スリラー。COVID-19にブラック・ライヴズ・マターも交え、アメリカの分断を風刺したブラック・コメディでもあるが、家族の悲劇や全裸の登場人物、強烈なゴア描写といったアスター作品にお馴染みの要素を入れつつも、クライマックスではマイケル・マン映画ばりの壮絶な銃撃戦が展開するという新基軸も堪能できる。しかし前作『ボーはおそれている』(23)も然り、アリ・アスターはもう、ストレートなホラーを撮るつもりはないのかもしれない。
前作『TITANE/チタン』(21)が、カンヌで最高賞パルム・ドールを受賞したジュリア・デュクルノー監督の最新作『Alpha(原題)』もコンペ部門でお披露目された。感染すると大理石のように体が真っ白になる奇病が流行する世界を舞台に、母と娘の絆にフォーカスしたドラマでありボディ・ホラー。身体的な変異を鮮烈なビジュアルで描くボディ・ホラーの表現も魅せるが、ホラー要素は薄く、家族愛を描いたドラマであり、おそらくデュクルノーにとってかなりパーソナルな作品なのではないだろうか。
近年、アート色が濃厚な小規模な作品が目立っていた監督週間だが、今年はジャンル映画が多くて驚かされた。さすが1975年にトビー・フーパー監督の『悪魔のいけにえ』を上映した部門だけある。土曜日の夜に、満員の観客に熱狂的に迎えられたのが、秀作『ラブド・ワンズ』(09)の監督、ショーン・バーンの最新作『Dangerous Animals(原題)』。オーストラリア発の鮫映画という触れ込みだったが、実は観光客を拉致・監禁し、彼らが巨大鮫の餌になる様子をビデオ撮影しコレクションするという、狂った殺人鬼(ジェイ・コートニーが怪演)が主人公のブルータルなサバイバル・ホラーだった。前作同様、今回も『悪魔のいけにえ』魂を感じさせる作風で、テキサスとオーストラリアは地続きなんだな、と改めて感じ入った。場内の盛り上がりも凄まじく、あるシーンで女性客が大絶叫すると場内がどっと湧くなど、素晴らしい映画体験を満喫できた。
ポーランド・フランス合作の『Her Will Be Done(英題)』は、田舎の農場で働きながら未来も希望もない困窮した生活を送る若い女性が、隣に引っ越してきたカラフルな女性に触発されて、新しい生活を始めようと夢見るも、先祖代々伝わるある呪いが彼女を縛りつける。という静謐なフォーク・ホラーで、徐々に緊迫感を高めつつ最後に爆発するダイナミックなクライマックスは『キャリー』(76)を彷彿とさせられた。中国の『Girl on Edge(英題)』は、鋭利なホラー的描写もある若き天才女性フィギュア・スケーターが主人公の、アイス・スケート版『ブラック・スワン』(10)といえるスリリングでダークなサイコロジカル・スリラーだった。
批評家週間では、タイの幽霊映画『A Useful Ghost(英題)』が話題を呼んだ。呼吸器疾患で亡くなった女性はこの世を彷徨っていたが、工場で勤める夫が同じ症状で苦しんでいるのを見て、掃除機に取り憑き彼を助けようとするという、なんとも奇抜で独創的なアイディアのユニークホラー映画。前半は終始コミカルなテイストで爆笑の連続だったが、終盤は悲しき幽霊映画に突入。恐怖描写は少し物足りなかったが、ワイルドな野心作といってよいだろう。同作は見事批評家週間のグランプリに輝いた。ちなみに、批評家週間の審査委員の一人は俳優のダニエル・カルーヤ(『ゲット・アウト』)だった。ある視点部門では、ジュエル・エドガートン出演の、サマーキャンプを題材にしたアメリカ・ルーマニア合作のスタイリッシュなホラー『The Plague(原題)』も上映された。
なんともヴァラエティに富んだ世界各国のホラーやジャンル映画が堪能できた、今年のカンヌでした。
文/小林真里