「30代の自分に刺さりすぎて…」枝優花監督&山崎まどかが『We Live in Time この時を生きて』への共感とリアリティを語る
第88回アカデミー賞作品賞をはじめ3部門にノミネートされた名作『ブルックリン』(15)のジョン・クローリー監督最新作、『We Live in Time この時を生きて』が6月6日(金)より公開される。それに先駆け、5月27日に本作のアフタートーク付き試写会が神楽座で開催され、『少女邂逅』(17)で知られる映画監督の枝優花と、コラムニストの山崎まどかが登壇した。
新進気鋭の一流シェフであるアルムート(フローレンス・ピュー)と、離婚して失意のどん底にいたトビアス(アンドリュー・ガーフィールド)が、あり得ない出会いを果たして恋に落ちる。昔ながらのラブストーリーに刺激的な新しい試みを加えた本作は、エッジの効いた実験的な作品を製作、配給するアメリカの映画スタジオA24が北米配給権を獲得したことや、奇妙な木馬“馬ミーム”がSNS上で大バズりしたことでも話題を呼んだ今年屈指の注目作だ。
映画の上映後、熱気冷めやらぬ会場の大きな拍手に迎えられ、トークイベントがスタート。枝監督は開口一番、「30代のいまの自分に刺さりすぎて…かなり共感しました」と、率直な感想を吐露。劇中の主人公たちと年齢が近いこともあり、人生の岐路に立つ彼らの姿が、自身の感情と強く重なったという。山崎も「本作がただの恋愛物語ではなく、決断という大きなテーマもある作品」と語り、物語の奥深さに触れた。
最初の話題は、ピューとガーフィールドという豪華な主演2人について。映画では30代の等身大の男女を演じているが、ピューは現在29歳、ガーフィールドは41歳と、実際には年齢差がある。しかし、その年齢差を微塵も感じさせない自然な演技に、枝監督は「アンドリュー・ガーフィールドが演じたトビアスのあり方が私のなかでは希望であり、新しいと感じた」と熱く語る。
続けて「男女逆の物語はこれまでたくさん観てきました。でも本作は、男性がキャリアのために女性に変化を求めるような関係とは違って、トビアスが愛する人のために自分を譲り、愛する人を尊重していく。その姿が、現代を生きるうえでぶち当たる壁を乗り越える、新たな男性像として映りました」と絶賛した。
一方、山崎はピューの魅力について「彼女自身の生命力や思い切りのよさが、映画のリアリティを後押ししていた。俳優として真実味がある存在」だと力説する。Instagramで料理動画を配信する日常的な顔から、役作りのための体型変化を拒否したり、ヌードシーンにも自然体で臨む彼女の姿勢が、自立した女性であるアルムートのキャラクターと完璧に重なっていたと指摘。「彼女はカメレオン俳優ではないが、言動にリアルな存在感がある」と、その魅力を称賛した。
さらに話題は、本作最大の特徴である、時系列をシャッフルした斬新な構成に。劇中では出会いや人生における喜び、悲しみ、最悪な日…と、これらすべての瞬間がバラバラに提示されていく。山崎は「そもそも人生は全部混乱しているようなもの。自分の人生が物語になるとして、いま自分がどの地点にいるのかなんてわからない。ガーフィールド演じるトビアスは、計画的な性格で将来のことをしっかり考えているけれど、ことごとくうまくいかない。でも、それがすごくリアルでよかった」と語り、構成が生むリアリティについて解説。さらに「時間がシャッフルされることで、観客が2人の未来を先に知ってしまう瞬間が生まれて、その構造もとてもおもしろかった」と分析した。
枝監督も「ぐちゃぐちゃな時系列が、より一層人生の機微を際立たせていた」と同調し、「本作は、いろいろな展開がありながらも、ポジティブなものに向かっていく作品。人生どうなるかわからないけど、結局は、いまを生きていくしかないんだということが、この斬新な時間軸の描かれ方によってより深く理解できた」と話し、観客がまるで自分の記憶をたどるように物語を追体験できる構造だと語った。
本作はいわゆる“余命もの/難病もの”作品とは一線を画す物語だ。枝監督は「病気そのものではなく、生きていることにフォーカスしている」と、そのポジティブなメッセージを強調。アルムートの生き方から、「どんなにつらい状況でも前を向いて生きる」ことの尊さを感じたと語った。
山崎は、“完璧主義”や“SNS疲れ”が蔓延するいまだからこそ、この映画が持つ“揺らぎ”が重要だと指摘。「ネット越しに他人の成功が見えてしまい、自分がそれを逃しているのではないかと思い込む」という現代において、この映画は「なにが成功で失敗かもわからない」という人生の真理を突きつける。しかし、その真実を突きつけられたからこそ、観客は「失敗だらけに見えても、実はそうではない」と、自分自身の人生を肯定的に捉え直すことができる。アルムートが病に直面しながらも、ひたむきに生きる姿、そして彼女の意志が受け継がれていくくだりは、人生の「繋がっていく」力を強く示唆していると、本作の意義を熱く語った。
イベント終わりに枝監督が「今日の観客には20代の方が多いと聞きました。世代が違う皆さんが、どんなふうにこの作品を受け取ったのか気になります」と投げかけると、山崎は「映画って、その1~2時間に自分の人生を預けるようなもの。失敗したら嫌だなと思う人もいるかもしれないけど、どんな映画にも必ずなにか持ち帰れるものがある。今日のこの時間が、皆さんにとっていいものになっていたらうれしいです」と、映画鑑賞の価値を改めて強調し、温かい言葉でイベントを締めくくった。ぜひ劇場で、自分自身の人生に重ねながら、2人の過ごしたかけがえのない時間を体験してほしい。
文/山崎伸子